依頼はやがて……
著者:高良あくあ


 冬休みも明け、最早一月も後半に差し掛かった。

 インターハイの後も俺達は普段と変わらず、依頼を受けたり、海里に頼まれて色々とやったりして過ごしていた。
 ……科学と全く関係無いのは気のせいだ。あえて言うなら、その日々の中で俺は何度も部長の作った薬の実験台になれと追い掛け回されたくらいである。

「でも、やっぱり実感湧かないよな……後二ヶ月くらいで一年生も終わりか」

「そうですね……色々ありましたけど、何だかあっと言う間でしたね」

 紗綾と二人、実験に使った器具を片付けながら話をする。
 俺達の背後で、まだ薬品の調合を続けていた部長が答える。

「結局今年は悠真と紗綾だけだったわねー、新入部員」

「新入部員も何も、去年は部長だけだったらしいじゃないですか、うちの部」

「そりゃそうでしょ、私が家以外の実験場所を確保したくて作った部なんだから」

「……ど、どうしてそれが承認されたんですか?」

 紗綾が訝しげに……若干呆れた表情で訊ねる。

「私だから」

「答えになっていませんよ!」

 思わず突っ込む。

 ……まぁ、ある意味これ以上無いほどの答えだが。部長は科学、特に薬の調合に関しては本当に天才的だし……学校の関係者もそこら辺を力説されたら却下は出来なかったのだろうと推測。
 ちなみにこの人、機械関係とかそこら辺は平均以上なだけで、薬品関係ほどの圧倒的な才能は無いのだとか。

「部長さん、器具全部片付け終わりましたけど……」

「ああ、じゃあ帰る用意して良いわよ。私も終わったし」

 振り返って報告する紗綾に、透明な液体の入った瓶を振ってみせる部長。……ついさっきまで物凄く真剣な表情だったから、恐らく本当に真面目に作った薬なのだろう。何なのかは訊かないが。

 部長が帰る準備に取り掛かったところで、扉をノックする音が響く。

「あら、依頼者かしら。どうぞ〜」

 部長が呟き、答える。扉が空き、一人の少女が入ってくる。

 ……はっきり言ってしまうと、紗綾や部長とも張り合えるのではないかと言うくらいの美少女だった。雰囲気は、どちらかというと紗綾に近い、大人しそうなものだ。

「えっと……ここ、科学研究部さんの部室で合ってますよね?」

「ええ。やっぱり依頼かしら? 貴女、名前は?」

 部長の問いに、少女は首肯する。

「はい。一年の春山椿(はるやま つばき)です」

『春山さん!?』

 俺と紗綾の声が重なる。部長が訝しげに俺達の方を見る。

「知り合いなの?」

「いえ、面識はありませんけど……その、まぁ」

「私達の学年では、割と有名な方なんです……」

「えぇっ!?」

 俺と紗綾の答えに、春山さん本人が驚いている。……まぁ、無理もないか。

 彼女は……言い方が悪いが、至って普通の子である。成績も確か平均くらいだし、運動神経も低めらしい。
 ただし美少女。だから有名。顔の良さなら紗綾と並び、一年生でも五本の指に入るほど。

 もちろん、顔が良いというだけではないだろう。
 彼女と同じクラスの知り合いからは、性格もかなり優しい子だと聞いている。

 部長は黙って顔を合わせている俺と紗綾を見て、今は訊いても答えが返ってこないと分かったのか、春山さんへの質問に戻る。

「そう、私は知っていると思うけど躑躅森夏音。ここの部長ね。で、依頼の内容は?」

「えっと、その……今度の日曜日に、初彼と……で、デートすることになったんです」

 お、初耳。
 とは言え来週辺りにはきっと、うちの学年殆どの人間が知っているんだろうな。
 一年生五大美少女の一人に彼氏が出来た、みたいな感じで。

「それで……アドバイスとか、してもらえればなって。本当はこういうこと、科学研究部さんに頼むべきじゃないと思うんですけど……」

「ああ、良いわよ別に」

 良くないですよ、とは突っ込まない。最早紗綾もすっかり慣れた顔だ。
 そりゃそうだろう。週に一回はこの手の依頼が来るのだ。多いときなんて二日で三つくらいアドバイスくれって依頼が来たからな!

「で、具体的にはどんなアドバイスが欲しい?」

「え? どんな、ですか?」

 きょとんとする春山さん。部長は面白そうにニヤリ。

「そうねー……手を繋ぎたいとか、キスしたいとか、『そーゆーこと』したいとか」

 最後は高校生が言うべきじゃないと思います、部長。
 隣を見ると紗綾も呆れ顔。自分のことじゃない限り、この程度の部長の発言には動じなくなった紗綾だったりする。

 だが案の定、春山さんは顔を真っ赤にさせる。

「え、えええ、えっと、それは……わ、私は別にそこまでは……ただ、デートが成功すれば良いな、ってだけで」

「うちの部にアドバイスを求めるってことは、失敗しそうなのかしら?」

「いえ……」

 首を横に振る彼女を見て、俺は口を挟む。

「とりあえずさ、春山さん。その彼氏との仲とか、説明してくれないかな? そいつ、うちの学校? 告白したのはどっちから?」

「ううん、別の学校で……一ヶ月くらい前に図書館で会ったの。私も気になっていたんだけど、告白してきたのは向こうから」

 そう答える春山さん。部長が笑みを浮かべる。

「だったらアドバイスは一つね。好きに楽しんでくれば良いわ」

「えっ!? で、でも……」

「貴女の方から告白したのならともかく、向こうから告白してきたんでしょ? だったら向こうも貴女のこと好きだってことじゃない。心配する必要なんて無いわ、素の自分で楽しんでくれば良いのよ。それで貴女から離れるようなら、所詮その程度の男。執着する必要もないってことなんだから」

「……そう、ですね。分かりました、私らしく楽しみます」

「よろしい。頑張ってね」

「はい! ありがとうございました」

 頭を下げ、部室を出て行く春山さん。

 部長が俺達の方を見る。

「で、あの子何者よ?」

「えっと……」

 紗綾の説明を聞き、部長は納得したように頷く。

「ふーん、そんなに有名な子なのね。……ところで貴方達、日曜は暇かしら? 良いこと思いついたんだけど」

「……実は用事が」

「暇よね」

 部長の圧力に押され、頷く。
 くそっ、危機回避失敗。この人絶対何か企んでいる笑顔なのに!

 紗綾が訊ねる。

「えっと、良いことって一体……」

「うん、あの子のデートの尾行。成功するかどうかを見極める権利くらいあると思うのよね、私達」
「だと思いましたよ!」

 笑顔で言うことじゃないけど!

「それ、事情を知らない人が見れば犯罪ですよね……?」

「見つからなければ問題なんて無いわ、紗綾」

「その発想が問題ですよ!」

 思わず叫ぶも、部長の中では決定事項らしく……

「じゃ、とりあえず海里や羽崎辺りにも声かけておいて。紗綾も秋波に声かけてみて」

「サラッと被害者追加!?」

 ……陸斗や瀬野さんはともかく、海里はきっと暇だろうしな。かわいそうに。



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